有象無象
ヤクシマヤギ
愛知県津島市/天王川公園 (撮影:加藤優子さん)
解説には、「鹿児島県屋久島地方に分布。小型のヤギ。」と書いてある。



1996年の夏、おもしろい話を耳にした。「ヤクシマヤギをウチで飼っている。」という方が、お客様の中に現れたのだ。屋久島というと主な哺乳動物は、シカ、サル、イタチ、モグラ、ネズミ、コウモリと相場が決まっている。そこにヤクシマヤギを飼っているという方が現れたのだから、驚きである。
横浜から来た方がそもそもなぜヤギを飼っているのか不思議であったが、よく聞いてみると、学校の先生で、学校でヤクシマヤギを飼っているというのだ。「屋久島では、ヤクシマヤギなど聞いたことがない。」というと、「そんなはずはない。多摩動物園にもちゃんといて、檻の前にはっきりとヤクシマヤギと書いてあった。」とおっしゃった。そもそも学校のヤギは、横浜の“子どもの国”からもらってきたという。どうも関東西部にヤクシマヤギが出回っているようである。
元来、日本に野生のヤギがいたわけではない。移入されたものが各地で野性化しノヤギとなったのである。確かに屋久島でも道端で野放しになっているヤギをよく見かける。中には、人は絶対近づけないような、断崖に囲まれた入り江でのんびり寝そべっているヤギもいた。しかしいずれも持ち主のいる飼いヤギだと思っていた。
それからまもなく、今度は石川県から来られた方から、地元の観光牧場?にヤクシマヤギがいたとの証言を得た。ヤクシマヤギは、一気に北陸まで分布域を広げてしまったのだ。
こうなるとその出所が気になってくる。そこで知人に情報収集を頼んだ。彼女が上野動物園の信頼ある筋に聞いたところ、「20〜30年前に屋久島で小型の野生ヤギを捕まえて、東京に連れ帰った。島嶼効果によって小型化したものと思われる。それを更に小型のヤギと掛け合わせて、子供が触って遊ぶのにちょうど良いおとなしいヤギを作った。それをヤクシマヤギといっている。詳しいことは忘れてしまったが上野か多摩動物園が発祥の地であろう。しかし今は純血種はいない。」ということだった。
はたして屋久島のヤギをノヤギと見るかどうかは、判断の別れるところだと思うが、いずれにせよ、各地にヤクシマヤギが分布していることは事実のようである。皆さんの町でヤクシマヤギを見かけた際は、是非ご一報を。(市川)

YNAC通信5号掲載


続編/消えゆくヤクシマヤギ
大窪 勝美

私がヤクシマヤギの存在を知ったのは、昨年の7月10〜14日の5日間、憧れの屋久島で心の底から遊んで帰ってきた後、重傷の「屋久島シンドローム」に感染してしまった私に、富山出身で現在富良野に在住している友人が『屋久島へ行ったのならヤクシマヤギを見たか?』と聞かれたのが始まりだった。
私は『えっ』思いつつ、それでも屋久島にカブれてしまった頭で一心に考え、自信を持って『屋久島にヤギはいない! いるのはヤクザルとヤクシカなのだっ』と言ったのだが、友人は『以前、富山の農業試験場の中にあるミニ動物園にヤクシマヤギが飼育されていて、そやつはスゴイ健脚の持ち主で、柵を飛び越えて大変だったのだ』と、やけに具体的に言うのだ。そこでYNACの市川さんに聞いたところ『屋久島にヤクシマヤギはいないが、上野動物園にはいるようだ』と解った。ヤクシマヤギなのにナゼ屋久島にはいないのだ?とても不思議に思い、私なりに調べてみる事にしたのだ。
私の調べ方は書物を調べたりというのではなく、思い付くまま電話をかけまくり、情報を集めるという方法だ。その結果、次の事が解った。

・ まずヤクシマヤギはトカラヤギと同じもので、産地名を付して呼ばれ、沖縄ヤギも同一種である(少し疑問が残るので、調べは続行中とのこと)(北海道江部市酪農学園大学楢崎先生)

・ 北は北海道の帯広動物園から始り、日本全国二〇ヶ所ぐらいの動物園で飼育されている(北海道札幌市円山動物園)

・ 身体は普通のヤギの半分くらいで、メスは更に小さい。色は黒に近いこげ茶(徳島動物園 井口さん)や、白地にこげ茶や茶色の斑点があるものもいるようだ。(酪農学園大学楢崎先生)

・ 主に食肉用であるが、小型であるため肉が少ない。が、フィラリアにならないという最大の特徴がある(琉球大学 大島先生)

・ 屋久島では大型の食肉用ヤギであるザーネン種と交配し、肉が大量に取れて、フィラリアに強い品種を創ろうとしたが失敗、また流通も上手くゆかなかった。そして四〜五年前、沖縄の業者が大量に買い付けに来たために屋久島のヤギはいなくなってしまった。(酪農学園大学 アサカワ先生)
屋久島にヤクシマヤギがいなくなってしまったのはこういう経緯だったのだ。

・ その後沖縄では沖縄ヤギと同じように、同一種と見られているヤクシマヤギでも大型ヤギとの交配が成功し、大型でフィラリアに強い食肉用ヤギが大半になってしまい、ヤクシマヤギはもちろん沖縄ヤギもその数は数えるほどになってしまったということだ(琉球大学 大島先生)

ヤクシマヤギは人知れずだが人の手でその数を減らしている。同じ動物で野生動物が絶滅の危機に瀕している場合は大きく取り上げられるが、私たちの生活に密着している家畜が人間の利用頻度だけでその姿を消そうとしているのだ。一方珍しい動物を人々に見てもらうための動物園でヤクシマヤギを繁殖し日本中に広げて純血種を残そうとしているのがとても興味深い。だが徳島動物園では近親交配が進み、小ささが特徴であるはずのヤクシマヤギはだんだんと大きくなっているのだそうだ。
人の手によって完全にコントロールされその数を減らし続けて、近い将来一頭もいなくなってしっまうのではないかと思うと複雑な思いがするのである。

YNAC通信5号でヤクシマヤギWANTEDを書いたところ、北海道の大窪さんから次々と新事実、資料が送られてきました。あまりおもしろかったので、今回は特にお願いしてレポートを書いていただきました。どうもありがとうございました。
ところで、大窪さんから送られてきた資料の中に、世界家畜図鑑の山羊のページがありました。これによるとヤクシマヤギ(トカラヤギ)は東南アジアの島嶼型のヤギだと書いてあります。東南アジアの島嶼といえば、我々の馴染みが深いボルネオではありませんか。
1997年2月に訪れたサラワク州のジャングルでは、プナン族という狩猟民族と出会いました。彼らの連れていた犬が、なんとヤクイヌの血を引く、我家の愛犬ゆめちゃんとそっくりなのです。ヤクイヌとヤクシマヤギは、多くの南方文化を引き連れて、遠くボルネオから屋久島にやってきていたのだ。…なんて壮大な文化のつながりを夢想している今日このごろです。[編集部より]
YNAC通信6・7合併号掲載


MENU