屋久島野外活動総合センター


Ynac
スタッフルーム
テッポウユリ


 YNACもおかげさまで14年目に入りました。
 今年は樫村も復帰し、新体制でより楽しいツアーを実施していきたいと思います。
 社員一同、より研鑽を積んで、皆様のお越しをお待ちしております。


Ynac最新動向

まつもと たけし
松本 毅
代表取締役・ガイドスタッフ

1957年7月4日 神戸生まれ
東京水産大学海洋環境工学科入学と同時に潜水部に入部するが1年で退部。東京で就職するが、30歳で脱サラを計画。1987年屋久島と出会い、10月屋久島へ移住。ダイビングショップ「ワンダーランドダイバース」を開業。屋久島海洋生物研究会を発足、代表となる。1993年屋久島野外活動総合センター設立。魚種確認コンテストで屋久島を3年連続日本一に導く。「屋久島の自然十景」絵葉書コンテストで金賞受賞。

  今年で49歳になってしまいました。ダイビングを始めたのが19歳だったのでもう30年もやっているんですね。初めてスクーバで潜ったのは千葉小港の東京水産大学(現在東京海洋大学)の実習所前。先輩に手を引かれての体験ダイビング。そのときの海底風景は今でも思い出します。30年目で初心に戻って海と付き合っていきたいですね。




撮影:秋山千香さん
いちかわさとし
市川 聡 取締役営業部長・ガイドスタッフ

1961年京都生まれ
北海道大学でヒグマ研究会に所属し、天塩、知床を中心にヒグマ調査に参加。学内雪中ラグビー大会でも活躍する。1987年国立公園のレンジャーとして、環境庁に入庁。霞ヶ関でのネクタイ勤めを経て、大山ではじめての現地レンジャーを体験。転勤の際に北海道を希望したところ、屋久島行きを命じられる。3年間の屋久島勤務で、海、山、川と3拍子揃った屋久島の魅力にはまってしまい、退職を決意。1993年屋久島に移住しYNACを設立する。著書「エゾヒグマ−その生活をさぐる」(汐文社・共著)など

 新年度を迎えIEツアーという新しいキーワードの売り込みを謀っています。使用自由です。
 みなさんどんどん使って、旅行者にとって魅惑的なキーワードに育てましょう。エコツアーはもう古い!



 
 
おばら ひろし
小原比呂志 取締役企画部長
・ガイドスタッフ

1962年北海道十勝生まれ。
十勝川水系に遊び、東大雪で山をおぼえる。鹿児島大学水産学部卒業。WVに在籍し、屋久島の山を隈なく探査する。
1987年屋久島に移住。屋久島ガイド協会創立メンバー。
1990〜92年に発行された、現在の屋久島の国土地理院1/2.5万地形図の登山道は、そのほとんどが小原によって再調査・修正されたもの。
1993年、ギアナ高地ネブリナ峰にアマゾン側から登頂。ボルネオのキナバル山や台湾、バリ島など、熱帯、亜熱帯の山や森を好んで歩く。今年から沢登りに加えてキャニオニングを始める。

三岳クライマーズクラブ、海外遡行同人所属。
レスキュー3国際認定資格LOW TO HIGH ANGLE RESQUE Level U所持。
 屋久島の登山道整備が軌道に乗って3年経ちました。ガイド部会の作業班は少ない予算で活躍していて、屋久島の登山道や施設はなかなかいい状態で管理されてると思います。僕は主にブッシュの刈り払いや、報告書の整理などを担当しています。この仕事はどんなに大変でも、とても楽しくて、作業をしていると機嫌がどんどんよくなります。出来上がった道を歩いて帰るのがまた気分のいいものです。薩摩藩政時代の屋久島の村々にも、山道の普請を担当するセクションがあったそうですが、その頃の気分をちょっと味わっているのかもしれません。山小屋のトイレがネックになってますが、これも早く無駄な予算を使わずに、コンパクトで効率のいいものに変えてゆきたいものです。(栗生岳にて)



おかだ あい
岡田 愛
 休職中(ニュージーランド修行の旅)

1976年、神戸の裏六甲で生を受ける。

 高校卒業後、「動物のお医者さん」目指して北海道に思いをはせるが学力不足であえなく敗退。
そのおかげで?進学した広島大学で「さかな」と言う一見地味だがその生態の不思議に出会い、大学4年から3年間は口永良部島の海をフィールドに魚の研究に没頭した。

 YNACの門を叩いたのは2000年。様々な生き物の営みを調べて発見する自分だけの喜びが、今度は伝えて誰かの「喜び」に変わる時。その瞬間がたまらない。

 ニュージーランドへ修行の旅にでました。
 来年またパワーアップして戻ってきますので、よろしくお願いします。




海の宝石箱、春の栗生のタイドプールにて
新鮮な海草を堪能するアメフラシのbaby♪
「いっぱい食べて大きくなれよ〜」
たかはし ひろみ
高橋 ひろみ
 ガイドスタッフ

1977年東京生まれ。
私の名前の由来は祖母が岩崎宏美の大ファンだった為。
幼少時代は宮崎駿監督「平成たぬき合戦ぽんぽこ」の舞台・武蔵野の今まさに切り開かれていく雑木林の中を駆け巡った。
高校時代は制服にルーズソックスのいでたちで新宿や渋谷の大都会で翻弄された。またその一方で大きなザックを担ぎ、単身ヒッチハイクで日本の水辺を巡る旅人だった。
そして18歳の時、海の世界の扉を開く。
陸上とは全く違うワンダーランド!は私のハートに火を着火!
ボォボォと探求心は燃え上がり、駆け込んだ学校はCWニコル率いる東洋工学専門学校(現、東京環境工科学園)。その学生時代の屋久島実習でYNACに出会う。♪海にただ憧れるだけだった少女は今、海のインタープリターとして走り出す〜!

ナマコやゴカイ、プランクトンなど世間ではあまり脚光を浴びない生物を特に愛している。
・JUDF(全日本潜水連盟)ダイビングインストラクター
・文部科学省認定スキューバダイビング指導員
・日本スノーケリング協会スノーケリングインストラクターディレクター
・ダイバー用オムツ型パンツ企画・推進委員会書記
・漂着物学会の中の日本全国の浮き収集家が集結する「うきうき研究会」会員
・共著「うきうき辞典」(うきうき研究会刊)
数年前、世界屈指のサンゴの研究者であられる野島先生は口永良部島の海中公園基礎調査の折に私達におっしゃいました。
「あと30年経ったら地球上からサンゴ礁は消滅してしまうかもしれない」
その絶望としか思えないサンゴの未来をどうしても受け止められなかった私は再び野島先生に会えたなら絶対に伺いたいことがありました。
未来はないかもしれないという事実を知ったとき、野島先生は絶望しなかったのか?その事実を知った今、我々ができること、私ができることとは何なのか?
今年2月、再び先生に会うチャンスに恵まれた私はこの数年間、心にためていたものを思い切ってぶつけてみました。すると、先生は微笑みを絶やさず私にこう答えて下さいました。「未来は絶望かもしれないです。でもその未来に1%でも可能性があるならば私はその1%に望みをかけてみたいと思うのです。」
また、こんなエピソードも話して下さいました。「30年後のサンゴの未来、その事実を知ったとき私は絶望しました・・・しかし、そんな私の姿を見て妻が言ったのです。『でも、あなたがやらなくて誰がやるの?』その言葉で私は再び立ち上がることができました。」
1%の可能性・・・・
その言葉の重みが私の琴線を揺さぶりました。もう私には何もできないんじゃないか?絶望の淵で去年は本当に苦しんでいました。
先生のその言葉は私の未来に可能性という一筋の希望の光を与えて下さいました。私は人に伝えるという仕事をしています。だからこそ、今、私にできること・・・
事実を伝え未来を考えるきっかけを私のガイドでつくることができたら・・・
少しでも多くの人がサンゴの未来、海の未来、自然の未来、日本の未来、地球の未来、そして、そこで生きる人類の未来・・・ を考えられるきっかけをこの屋久島で作り出していきたい。伝えていきたい。
野島先生はおっしゃいました。『ここにいる人間には皆同じ血が流れている。勿論、あなたにも、ね。』
先生は研究者。私はガイド。立場は違えど同じ土俵で戦えることを本当に心強く思います。
この島で、私、がんばりますから。



わしお のりこ
鷲尾 紀子
 ガイドスタッフ

1974年神戸生まれ

関西外国語大学短期大学部卒。地元神戸で社会人を経た後、カナダへ留学。自家用パイロットライセンスを取得し、セスナに乗って夢であった大空を飛びまわる自由を知る。その後、フィールドを空からカナダの雄大な大地へと移し、キャピラノカレッジにてアウトドアプログラムを履修。自然の中に身を浸すヨロコビを知る。2001年帰国。海・山・川があり、水と空気のおいしい地を求めて屋久島に移住。樹々や動物などの小さな生き様に見る季節の動き、それらを支える生態系の繋がりに日々感動。


今年で私の愛する「YS-11」が、いよいよ引退です。車で屋久島空港の傍に差し掛かる時、あのずんぐりむっくりした機体を見るのが、とっても楽しみでした。「さあ、飛ぶぞ」と気合十分のうなるエンジン音が聞けた時は、「さあ、やるぞ」と自分のエンジンも奮い立ったものです。戦後、唯一の国産旅客機として、日本の空を支え続けてきたこの名機が、今その幕を閉じようとしています。一つの時代が終わる寂しさと共に、これからの時代を支える世代は自分たちなのだと実感します。 



撮影:天野かねきちくん
さとう たかゆき
佐藤 崇之 ガイドスタッフ

1978年埼玉県秩父生まれ。
青春時代に音楽と出会い、プロを夢見てギター片手に田舎を飛び出すものの、あえなく挫折。傷ついた心を癒してくれた秩父の森に興味を持ち、大学時代は森林の生態について勉強する。大学卒業後に東京環境工科専門学校に入学。夏休みを利用して屋久島環境省でサブレンジャーのアルバイトをし、屋久島に魅了される。専門学校卒業後にYNACの研修生に応募し、長い研修期間を経て現在に至る。
 先日、YNAC特別企画『ゼロからの大縦走』が無事終了しました。文字通り海抜0メートルからスタートし、屋久島最高峰の宮之浦岳を経て、永田の海岸まで歩き通すというとんでもない企画でしたが、3日間、屋久島の森と向き合うことで改めてその奥深さ、美しさ、たくましさを感じることができました。『このマニアックなツアーに運命を感じた』とはお客様の弁。今回限りの幻のツアーとなってしまうのか。またやりましょう!市川さんっ!


はせがわ りえ
長谷川 りえ ガイドスタッフ

1978年生まれ。兵庫県育ち。

関西学院大学総合政策学部卒業。学生の時に読んだ宮本常一の本で目からウロコが落ち、民俗学の入口に立つ。進路に迷いつつも大学卒業後は縁あって入った会社で3年程勤める。退職後初めて訪れた屋久島でYNACのエコツアーに参加。「こんな素晴らしい仕事があったのか!」と運命の出会いを果たし、2004年屋久島に移住。

 

 民間伝承の中には深い自然の理解が含まれていたり、生活の知恵が詰まっていたり、感心させられることばかりです。最近、日々の生活にもやっと少し余裕がでてきたので民俗学の勉強を少しずつ始めたいです。

 


かしむら せいいち
樫村 精一 ガイドスタッフ

1976年10月19日生まれ、神戸市出身(兵庫駅の近く)

愛媛大学農学部卒業。在学中に一度だけ屋久島の林業を見学に来たが、林業そっちのけでシダばっかり見ていた「シダ好き男」。

18歳の時に阪神大震災に罹災し、愛媛に逃げたものの、2001年卒業式の日に芸予地震に見舞われた、「地震に縁のある男」でもある。
卒業後は材木屋でサラリーマンとなるも、1年半で退職。自動車製造勤務を経て、屋久島に職を求め、現在に至る。
屋久島は地震が少なく、水も美味しいので助かります。
得意料理は黒豚角煮、黒豚カレー、シナモン黒糖ミルクティー。
得意技はバウムクーヘン・インタープリテーション。
「楽しい森歩き」を体験していただけるように、日々研鑽を重ねています。
2006年度は、すっかり屋久島を留守にしていましたが、今年度からまた再起します。よろしくお願い致します。

 


YNAC最新動向 2008/2/6update

ヤマケイの屋久島BOOK2008年号の広告を撮影中です。
どーんと1ページ広告を出しますので楽しみにお待ち下さい。
デザイナーはなんとあのウッキーモンキーシスターズの篠田(旧姓)ゆかいです。

市川は本日よりブルネイです。

2008/2/6


松本 第2回東京サンゴカフェで講演「屋久島発 サンゴの話」
 2008年1月29日(火)19:00〜21:00
 環境パートナーシップオフィス(EPO)内 エポ会議室
     (東京都神宮前5-53-67コスモス青山B2F)

 『屋久島から松本毅氏来たる!
 日本のエコツーリズム実践の草分けである屋久島YNACの松本さんが東京サンゴカフェにやってきます。
 国際サンゴ礁年の、屋久島のキーパーソンでもある松本さんを囲んで、サンゴや屋久島の話で盛り上がりましょう!』

 ☆東京サンゴカフェとは☆
 東京サンゴカフェは、国際サンゴ礁年2008にあわせてサンゴ礁に関するトピックについて、話題提供を行う場です。
 海やサンゴに関する環境教育、自然体験の実践者が集まる「国際サンゴ礁年2008 環境教育ワーキンググルー プ」が企画・運営しています。
 


YNAC通信24号が完成しました!
紹介が遅れましたが、YNAC通信24号を配布中です。
これまで頂いた感想からいうと、山の料理対決がなかなか好評です。
YNAC通信効果か、ブルネイツアーも集客できました。
サナの衝撃写真もあります。(1月3日に無事女の子を出産しました。水綾ちゃんです。)
お楽しみ頂ければ幸です。
巻頭言   ヤクシカと折り合いをつけた森 小原 比呂志
特別企画 山の料理対決〜キャンプにいったら何食べる? 樫村精一 vs 佐藤崇之
Science Report 小パッチサンゴ図鑑 松本 毅
海外研修報告1 不思議の国 ブルネイ 市川 聡
やくしま有象無象 冬虫夏草恋歌 内室 紀子
つれづれエッセイ 楠川城
未来を担う子供たちを海に誘う
つわりと出産と人の想い
長谷川 りえ
高橋 宏美
古賀 早苗
海外研修報告1 New Zealand武者修行報告 岡田 愛

 購読希望の方は、90円切手を貼った返信用封筒(長形3号)を同封の上、YNACまで郵送でお申し込み下さい。 詳しくは下記まで。

forest@ynac.com

 「屋久島のテッポウユリ」ことYNACの古賀早苗(サナ)、5月をもってYNACを退職しました。皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました。
 サナは1999年にYNAC第一期研修生としてYNAC入りし、以来MTBツアーを開発するなどスタッフの中核の一人として活躍してきました。
 先日行われたワッシーの結婚式では、冒頭で美貌の『山姫』に扮し、会場を沸かせました。(でも本人は、なぜあそこで笑いをとってしまったのかわかりません、と述べておりました)
 結婚後、共働きで頑張ってきましたが、これよりは家庭の基礎を築くことに専念します。でも、屋久島にいますので、案外安房あたりで出会うかもしれません。そのせつはどうぞ声をかけてやってください。 (小原)

YNAC IEツアーの新しいコースガイドが完成しました。

冬の間、YNACメンバーが総力を挙げて取り組んだ、新しいコースガイドが完成しました。
A3判4つ折りサイズで、コースマップとコースガイドが、対照して一目で見られるように工夫しました。
屋久島の地図、植生の垂直分布図、東シナ海周辺図、屋久島近郊地質図など基本情報も充実し、またそれぞれのコースごとのミニ解説も盛りだくさんです。これは見逃せません!
4月からツアー参加者に配布しています。
こぞってご参加ください。

(一部できていないコースもありますが、順次充実させていきます。あしからずご了承ください。)

2007/4/16



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