有象無象

クマノミ半蔵



卵の面倒を見る雄のクマノミ


 元浦のポイントに「半蔵」と名付けたクマノミがいた。クマノミは体に白帯の隈取りを持つことから「隈の魚」(学名Anphiprion clarkii 英名Goldbelly anemonefish)と名付けられたスズメダイ科の魚である。「半蔵」はこの白帯が半分しか無いので容易に固体識別ができる。
 クマノミは半年前の環境を記憶していたという実験結果があるほど素晴らしい記憶力を持っている。ずいぶん通ったので「半蔵」も私を認識したのかお客さんと観察していても必ず私の前にやってくる。といっても決して仲がよかったわけではない。むしろ、また嫌な奴がきたと思って追い払いにきているのである。ある時、遠くから私を見付けるとすっとんできて目の前を右へ左と泳ぎ回り、睨み付けては「ポクポク」と音を出して威嚇するのである。うるさいので手で払いのけるがすいすいとかわして執拗にまとわりつく。だいたいこんな時はイソギンチャクの影に卵を持っている。「よし、卵の観察だ」と住家としているイソギンチャクに近づいていったときである。とうとう「半蔵」の堪忍袋の緒が切れたのか、私のおでこをがりっとかじったのである。「いてっ!」と思わず水中で叫んでしまった。また、これを見ていた回りのお客さんが「グフィ、グフィ」と水中で爆笑していた。これ以来、私も「半蔵」には一目置くようになった。これまで数多くのクマノミを見てきたが「半蔵」ほど気の荒い奴は他に見たことがない。多くのクマノミは、卵もほったらかして岩影に逃げ込んでしまうのに。
 この「半蔵」、五年ほど喧嘩をしながら付き合ったが、突然姿を消してしまった。 [松本]

Ynac通信2号掲載